知識・知恵

「ストレスは痛みから苦しみを感じさせるもの」苦しみの解消法は?

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ストレスが強まると、緊張が慢性化し様々な症状(肩こりや腰痛)
からくる痛みが出てきます。

ストレスが多いと言われている現代社会に暮らす私たちにとって
痛みから解放されるためには、ストレスを軽くすることが大切になってきます。

ストレスを解消するには、例えば、食事や睡眠といった
生活習慣を見直して体の調子を整えること、体を適度に動かすこと、
リラックスや楽しい時間をつくってリフレッシュすること
などが進められています。
これらは、いわゆる外から刺激を与えることで変化を起こす狙いがあります。

ストレス解消法がわかっていてもできない理由

しかし、実際には「わかっていてもできない」
ことが多いのではないでしょうか?

生活習慣を見直した方が良いことはわかっているけど、
お酒や甘いものが止められない。
体も動かしたいけど、それはそれで大変だと思ってします。
本当は時間をつくってリフレッシュした方が良いはずだけど、
時間を作る余裕がない。

私たちには、痛みから逃れようとする傾向性があります。
それは痛みが不快感や苦しみを生み出すからです。
すると、私たちは痛みを消そうとしているはずが、
実は不快な気持ちや苦しみを解消しようとして快楽に走るようになります。

しかし、実際に快楽は体の痛みを消し去ってくれるわけではなく、
一時的に抑えるか麻痺させてくれるだけです。
そして、反動や副作用で痛みが戻ってきます。
私たちは、痛みと苦しみを混同してしまっているため、
痛みと向き合うことができないでいます。

そもそも痛みは必要なもの

そもそも、痛みは必要なものです。

私たちは、痛みを感じることで体の不調や異常を
感じることができるからこそ、体がこれ以上悪くならないように
対応することができます。

痛みは、私たちの体の異常を回復させるために必要なものです。
だから、痛みを感じたら、体の不調や異常に対して
対応するのが本来のやり方です。

しかし、先ほど言ったとおり、私たちは痛みではなく
不快感や苦しみに反応してしまい、
それらを消そうと快適さや快楽に走ってしまいます。
結局、体の異常に対して対応していないので痛みも消えず、
苦しみも解消されないままになってしまうのです。

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痛みと苦しみは違う

身体の痛みが不快なものとして受け取られるのでなければ、
痛みはひとつの現象に過ぎないといいうことがわかるでしょう。

私は、20代後半に腰を痛めてからというものの、
腰痛との付き合いがずっと続いています。
腰の痛みを感じる度に不快な気分になり、
仕事に集中できなくなってイライラするのです。

しかし、もし痛みと苦しみの違いに気づくことができれば、
痛みは現象にすぎない、苦しみは痛みに付け加える
考え(ビリーフ)であるとわかります。

痛みの背後にある考え(ビリーフ)に気づく

もし痛みと共にいることを許さないときに、
その思いの背後には何があるのでしょうか。

「私の体は快適であるべき」
「私の体はもっと強くなるべき」
「私にはやるべきことがたくさんある」
「人生はもっと幸せで充実しているべきだ」

腰痛で制限される自分の人生に苛立ちを感じ、
痛みが邪魔な存在であるという考え(ビリーフ)があることに気づきます。

人生はこうあるべきだという考え(ビリーフ)を信じているとき、
私は腰痛である自分を許しません。
痛みと共に生きることを否定してしまうのです。

痛みは私を目覚めさせてくれる信号

もし痛みに対して何の価値判断や解釈を加えず、
ひとつの現象として只々静かに感じてみたらどうなるでしょうか。

私は、痛みが信号のように何かを自分に教えてくれているような
気がしてきました。

本来、痛みは私への警告であるはずです。
「これ以上無理をしたら体が動かなくなってしまうよ」
と私に無理をさせないよう教えてくれているようなものです。

痛みは、私の体を大切にするよう教えてくれるものであり。
私の意識をビリーフから今ここに戻してくれるものです。

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